幽霊の話/こしごえ
 
ある時
自分という存在は無い
と思った
こう思ったことで自分の大切な部分を守ったのだ。
今になっても時々
自分という存在は無いと思う。

五月のなかばをすぎた頃
夜、水を張られた近くの田んぼから
かえるの合唱が聞こえてくる。
かえるたちの歌声は響いていて
かえるたちの連なっている歌声は
どこか静かな雨音に似ている。
闇のなかに響く
歌声。

かえるたちは私の存在に気付いていないから、
かえるたちにしてみれば私の存在は無いに等しい。
さまざまな存在が在るというのに、無いということ
(私はおそろしいことを言っている)

かえるたちの歌声の響く
闇が冴え返り
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