残香/泡沫の僕
 
君は匂いがなくて良いね。
彼女は枕元で言った。

僕が間抜けな顔で、自分の体を嗅ぎ始めると、
「そうじゃないんだけどね」と視線を外して笑った。

君の髪に残った、
君が嫌いなはずの煙草の臭いや、
音の無い着信に、
僕は気付かないふりを続けた。

君の匂いを僕はもう思い出せない。
けれど、寄り添って歩く誰かとすれ違った時に、
君に残った匂い(臭い)を思い出してしまう。

喉奥から込み上げる饐えた臭いから、
逃げるように歩速を早めた。
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