The Wasteless Land./田中宏輔2
俘虜(とりこ)となって、生きのいい魂を取り戻すことができるのである。
かつて、あのファウストでさえ誘惑し、その胸のなかに
情欲の泉を迸(ほとばし)らせた、このわたしである。)
背中を押されて入ってきたセヴリヌ・セリジは、通路の真ん中で足を止め、目を凝らして見た。
このがっちりとした体格、この着くずれした背広、それに、この品のない首つきは……
彼女の斜めまえに立っている男に、その男の後ろ姿に見覚えがあったのである。
男が何気なく振り向いた拍子に、自分の知り合いではなかったことがわかって、彼女は、ほっとした。
ふと、彼女は、きょう、マダム・アナイスの家で自分を抱いた中年の男の言葉を思い
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