The Wasteless Land./田中宏輔2
 
、こんなことはなかった。
ああ、グレートヘン。ぼくの可愛いひと。あの唇の赤さ、あの保保の輝きよ。
きみといた十年のあいだ、たしかに、ぼくは、もっとも浄(きよ)らかな幸福を味わうことができた。
ときおり拗ねて、ツンとすまして見せたけれど、それが、またさらに、きみのことを愛しく思わせた。
きみの無邪気な、そんな仕草に、ぼくは、どんなに、こころ惹かれたことか――
きみは、ちっとも知らなかっただろう?

電車が停まって、ファウストのそばの座席が二人ぶん空くと
乗り込んできたばかりのデイヴィッドとキャスリンが、その空いたところに、すかさず腰を下ろした。
褐色に日焼けした二人は、真珠をつない
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