女はわたしといっしょに海の中に入りたいと言った。女には尾びれがあり、わたしには足があった。わたしたちはあのとき、海に入っていった。女が先に進み、わたしは後ろからついていく。波が胸元まで来たところで、 ....
川口晴美詩集『lives』(ふらんす堂)
2002.9.28発行
8冊目の詩集。表紙の、野原(あるいは花畑)にスカートの足を投げ出している写真がおしゃれ。第53回H氏賞候補作。2度目の候補も ....
うさぎは、町の喫茶店で地図をひろげていました。海を見に行きたかったのです。海は町はずれの丘を越えた先にあるようです。
アイスコーヒーを飲みほすと、うさぎは外に出ました。帽子を深くかぶります。 ....
点滴を打たれながら、病室の窓から海を眺めていた。看護師が言うには、わたしは雪の降り積もる中、マーメイド海岸でひとり倒れていたらしい。音もなく波が白くよせている。意識が戻って二日たった。熱が下がらない ....
瀬沼孝彰詩集『凍えた耳』(ふらんす堂)
1996.6.22発行
わたしはこの詩人の名前やひととなりを詩の雑誌や『死んでもなお生きる詩人』北川朱実著(思潮社)で読んで知っていたが、作品をまるご ....
冬は好きではない。失業してから外出が減った。TVを見るか寝ているかだけで、二ヶ月が過ぎた。TVでマーメイド海岸のCMを何度も見る。海面から顔を出し泳ぐマーメイドの姿。面接や職安にも出かけるが、就職先 ....
春も夏も秋も、わたしにとっては短かった。あれから一年が過ぎ、長い冬がまたやって来た。失業し、仕事を探している。
(しばらくは会社に行かなくてすむ)
わたしの元へは戻ってこなかったものもあった。 ....
冬はまだ続いている。海からの光で、部屋は青に包まれている。神話の本を繰り返し読んだ。岬には女の顔をした鳥、ハーピーがいるという。元は風の精ともいわれている。そのハーピーが舞う岬から、水平線の彼方を見 ....
冬になり、女の顔をしたバードは飛び去った。わたしは、あの時の車をスクラップにして、海の見渡せる丘に部屋を借りた。情報誌でバイト先を見つけた。倉庫の仕事に就く。朝七時半、精神安定剤を飲んでから、家を出 ....
一人でいることに、何年も飽きなかった。シートの、海に伝わる神話を読みながら、永く暇をつぶしていた。精霊の女、の横顔の表紙。空腹の中、海に向かう道、カセットで、オペラを聴きながら、わたしは車を走らせた ....
祖父のあとをついていく。
海を見渡す墓地で、親せきたちが鎌で草を刈る。わたしも草を刈る。
母が野の百合を、見つけ出した墓に供えた。
波は白い。
風の音。わたしは平野に立つ。西の空は錆びた色をしている。
離れたところ、陸橋に車が列を作って走り去る。月が風に揺れている。風の音が、遠くの車の音が、わたしの耳の中の音が、入り交じっては、かき消さ ....
ある朝、母は出社前にわたしに言った
「お前を精神病院に連れて行きたいよ」
午後十一時三十分
新宿発江ノ島行き最終電車
ひとりウォークマンで
ジプシー音楽を聴いて笑っている
(帰る家などどこにもない)
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