1.
夏の最期に間に合うようにそろって頼んだ檸檬水を交互に啜っては、八月をひたすら微分してゆく。向かいに座ったともだちの袖口から空色の蜥蜴が滑り落ちて、小さな鳴き声を立てると凄い速さ ....
1.
今までに
無くしたものごとをひとつずつ
丁寧に数え上げて見せては
笑い
今まさに
指先からほろほろと零れ
落ちた
それを
見送っては
泣く
かなしく
....
1.
五線譜の上に
真夏の
影を溶かし込んだ
日焼けのあとに そっと
くちづけをする
あけはなした窓から吹きこんでくる
セピア色に塗り固められた
チャイムの
残響
....
九歳のときに父に犯され
十一のときに母親を撃ち
十三のときに車を盗んで
十五のときに国境を越えた
シンディ
油とゴムの匂いがする
後部座席がいつもの居場所
二十の年までに
....
1.「もう子供なんかじゃないと思っていたのに」
涙が出そうになるたびに
缶の中のドロップをひとつぶずつ
口にちいさく押しこむ もの だから
雨粒が
薄い緑色で。
口の中なんて もう
....
***
樹の緑から飛び立った鳥の黒い羽の音を
夕立のたびごとに絵日記に貼り付ける
それが毎日の日課になったころ
子供たちの影だけがきれいにアスファルトの上に焼き付けられている
....
まず
嘘だって言ってほしい
下手な冗談を聞かされたときみたいに
顔をしかめてくれれば
本当だって分かったら
ちょっと遠くを向いて
小さく溜息をついてくれるくらいでいい
....
おとなになるから。
もう泣くのは止めるのだと
きみは言う。
ぼくたちはまるっきりこどもで
お互いの身体に恐る恐る手を伸ばしながらも
やっぱりこどもで
おとなになりたいのかと ....
若草色に綴じこめた瞼のうえから
わずかに身をのりだして夜明けを待つ
もう 冷え切った息を止める必要もない
もう
五月だから
去年の金魚
紅い軌跡を残したまま闇に ....
海辺で
***
あなたは
丁寧に研がれた小刀をひとつだけ持って
後ろ髪をひと房ずつ殺ぎ落としてゆく
かさばるから そういう理由で置き去りにしたのは
一度だけではない だ ....
その新月の夜
庭におおきな 深い穴を掘る
足元に大きな布の包みがひとつ置いてある
掘り起こされた土は濡れて
手に持ったスコップが地面を突き刺しては
一塊を持ち上げる湿った音だけ ....
{引用=時計の針なら 少しのあいだ
止めておいてあげる
だから
世界を愛した子供らよ
駆けて
遊べや}
(一面のひまわり畑
おまえたちは
その中 ....
1.“僕たちは物語を作るためにこの星にやってきた(独白)”
誰もが星の子供なんだって
誰が言ったか
もう忘れてしまった
何しろ
この街には夜なんてないし
したがって星な ....
いたい
と 君が言って
いたい
と それを何度も
くりかえすうちに
いたい
は ちいさなけものの形になって
遠くへ走 ....
{引用=
青
左手で
雨 散り飛んだ
ずっと 滑らかな炭酸水
嘘のまま ....
全ての旅立つ人のために
***
湯気を立てているお茶のカップと
小さく開いた窓から差し込む朝の光と
四月の風に揺れる薄いカーテンを
置き去りにしたままで部屋の鍵をかける
....
1.
風の強い日
(今日はなんだか
少しだけ地球が速く廻るみたいだ)
窓の外を見ると
鳥に戻った子供たちが空を飛びまわっている
地面の上を
彼らを連れ戻そうとする大人が懸命に走り回 ....
すれ違う人たちの
魂の先端を少しずつ摘み取ってはポケットに入れる
ひっそりとした動きなので
たいていの人はすれ違っても何も気付かない
ときどき
けげんな顔をして立ち止まり
胸の辺りに手 ....
まよなか
くらやみの中から線路が延びている
金属のレールの上に耳を触れると
同じ路線の上を歩く子供の足音が遠くに聞こえる
もう帰らない
もう帰らない
稲穂が風にしなう
線路か ....
(ゆっくりと わらった)
螺旋系に抱き合う
全てが終わった後のくらやみのなかで
遠くにいる小さな影が僕に向かって手を振るのが見える
生まれることさえ許されなかった無数の ....
音
君の
右耳に
届いても
陰に笑って
しょうがなく
お話をつづける
窓硝子に張付いた
記憶が剥がれ落ちて
指で触るたびに融ける
傘を差して砂浜に立 ....
その日
太陽が沈む頃
魚だった僕たちは陸に上がる
波に運ばれる格好で
砂浜に打ち上げられた僕らの姿は酷く無様で でも
既に閉じた鰓の代わりに
僕たちは出来たばかりの肺を必死 ....
陸地がだんだんと溶けていってしまったので
今はもう 小学校の運動場ほどの大地
そして水平線
終わりに着いたんだね、と君は言う
....
この手紙があなたに届けばいいと思います。
お元気ですか。
こちらでは、毎日少しずつ、何かが消えていきます。
壊れるとか、崩れるとかいうのではなくて、
昨日までそこにあったものが、今 ....
夜明け前
霜の張り付いた窓硝子に静脈の浮き出る青白い掌を当てる
僅かに持った体温の下で
薄い氷が悲鳴を上げながら融けていく
痛み
手のひらの型に付いた水滴
紅い血
電話を ....
1.
ひとりの旅人と行き逢った。夕焼けのきれいな日で、
暗くなりはじめた道を鮮やかな赤色がずっと染めてい
た。道端の小さな岩に腰掛けて、旅人の勧めてくれた
煙草を吸いながら少しずつ話をする。巡 ....
ほそい針金を曲げて
涼やかな羽のかたち
今までに
誰かをおとしいれた数の分だけ
硬質な円さを捻り切って
ひたすらに鎖を作ってゆく
今までに
誰かに嘘をついた記憶の数だけ
....
1.
詩人に必要なものはインスピレーションなどではなく、言葉がもっとも力を持つ瞬間を待つための自己抑制力なのだと気付いたが、僕の知っている詩人の一人は、とうとうその瞬間を目にすることないまま、手の中 ....
最後に昼の月を見たのは
いつだったろうかと思った。
思い出す月の姿は
いつだって半端な円で
爪の根元の白さにも似て
僕たちの身体という
不完全なものの一部分に
それは酷く似ていた
....
自分の名前を失くしてみた
自分の名前をてのひらにのせる
初めてちゃんと手にとってみたそれは
案外に硬く
今までそれを身に付けていたにしては
まだ馴染みきっていないような感じがした ....
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