昼下がりのドラッグストアに客はまばらだ。彼女はレジに立っていた。胸が締めつけられる。今日こそ言うぞ。見た目は華奢だが、はきはきした受け答えに芯の強さを感じる。おつりを渡す時の笑顔がたまらない。彼女なら ....
――やっぱりおもしろい。
池波正太郎の小説を読むと、いつもそう思う。
最初に読んだのは「鬼平犯科帳」だ。大学に入ったばかりの頃、テレビ放送を見て読んでみようと思った。これがおもしろかった。
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愛のうた 歌う楽器が ウクレレて
(私は大阪人です)
君を毎日笑わせる。それがプロポーズの言葉だった。その約束が破られたことはない。結婚四年目に彼が癌を宣告された。臨終の床についた彼が突然、ベッドの脇にいる私を探し始めた。いくら返事をしても私の名を呼び ....
ある日のライオン一家。
父「今からお前をこの谷に落とす」
子「なぜですか」
父「昔からの慣わしだからだ」
子「登ってきた子だけを育てるという……」
父「知っているなら話が早い」
子「でも ....
仲間たちに好評の笑顔も、君には効かない。
貴方が見せる風景に期待して、助手席に座る
行きかう人でごった返す午後の駅。彼は広げたダンボールに座って柱に背をあずけていた。先ほどから、そばに転がっているペットボトルのキャップを指さし、その手をしきりに上下させている。どこかで叫び声が上がっ ....
脳が震える大音量のロックをヘッドホンで聴きながら、通学電車のシートに座っていた。自然に足がリズムをとる。目を閉じると、自分がステージに立って歌っている光景が浮かんでくる。唇を軽く開けて息で歌う。一曲 ....
ちち、ちち。雀の声で目をさました。昨日の悪夢を忘れさせてくれる清々しい朝だ。ベッドの脇のカーテンを開くと、昇ったばかりの太陽が笑顔を振りまいていた。負けじと笑い返す。おかげで唇がすこし裂けた。顔を洗 ....
井の中の蛙は外へ出たかった。しかし、何度跳ねても高い壁を越えることはできなかった。見上げる丸い空を、時々鳥が横切る。あんな羽が欲しいと思った。その気持ちは子供たちに受け継がれ、彼の孫のまた孫の背中に ....
夫と出かけると、いつもこうだ。レストランでバカ笑いをし、電車で大きなゲップをする。昔からまったく変わらない。本人が気にしていない分、横にいる私が余計にはずかしさを感じなければならない。だから復讐して ....
その日本人形は昔から家にある。しかし、それで遊んだ記憶はない。母親になった私は、時おり娘を連れて、母がひとりで暮らす実家へ行く。そのたびに娘はその人形を持って帰りたいという。娘には甘い母だったが、そ ....
三年前、僕は女になりすまして出会い系サイトに登録するという遊びをしていた。暇な女子大生という設定に、何十人もの男がくいついた。適当に相手をしたあとで、「言い忘れてたけど、俺、男なんだよね」と打ち込む ....
小学三年生の僕は、あの日塀の陰からそれを見ていた。近所に人通りのない裏道があり、そこのマンホールの穴に見知らぬおじさんが糸を垂らしていた。時おり引き上げては何かを取り外しているようだが、僕がいたとこ ....
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんがいつものように山へ柴刈りに行こうとすると、おばあさんに呼び止められました。「前々から言おうと思っていたのですがね。いつも ....
幼い頃、内緒で乗り込んだ父の船が海賊船に襲われた。金品とともに連れ去られた少女は、海賊船の船長の娘として育てられた。十年後、たくましい海賊になった彼女は、死んだ船長の跡を継いだ。その夜、彼女の船は海 ....
夜。妻殺しの容疑で指名手配されている男が、建設中のビルの中に身を潜めていた。時効まであと二日という時に、隠れ住んでいたアパートが警察にばれた。間一髪で部屋から抜け出し、ここへ逃げこんだ。腕時計を見る ....
いつも紳士を気取っていた男が彼女の誕生日にプレゼントしたのは、自分が使っていたパソコンだった。ネットで手に入れた大量のエッチな画像や動画は、すべてCD‐Rに落として削除した。消し忘れがないかどうか、 ....
付き合って六年になる彼女は、背が高くて頭がいい。僕にはもったいないと思うが、結婚しようとは思わなかった。そうしてまた一年が過ぎようとした頃、彼女が交通事故にあった。生活するのに車椅子が必要な体になっ ....
一階に降りるエレベーターが突然止まった。青年と老女が閉じ込められた。青年は緊急連絡のボタンを押したが通じない。ふと二人の視線があった。背の高い青年と上品な老女。青年は、かなり年上の女性が好きだった。 ....
ワールドカップ初戦を明日にひかえた午後。学校から帰った僕は、あわてた様子の母に連れられて応接間に入った。ソファから立ち上がってあいさつをしたのは、サッカー日本代表の監督だった。驚いて言葉も出ない僕に ....
深夜。夏子は健二の写真を見ていた。二人はあまりにも似過ぎていた。でも、やはり健二でないとダメだ。今さらと思われてもいい。携帯電話の画面に健二の番号を出す。一度だけ。これに出てくれたら、やり直してくれ ....
駄菓子屋のおばあちゃんは、いつも居眠りをしていた。だから子供たちによく万引きをされた。ある日、閉まった店の戸に、閉店のお知らせと書いた紙が貼られた。子供たちはみんなが万引きをしたからつぶれるんだと思 ....
こどもたちの歌声が聞こえてきた。めだかの学校だ。この公園にテントを張って一ヵ月。他のホームレスとも仲良くなった。そうっと覗いてみてごらん。遠足だろうか。俺にもあんな頃があったんだな。そうっと覗いてみ ....
今回一緒にテレビに出るアイドル、吉田美鈴は、カメラに写るすべての行為が計算だ。今も隣の楽屋で怒鳴っている。司会者にサンドイッチを食べさせるから用意して。私はマネージャーをペットショップに走らせた。収 ....
杖をついたおじいさんが、僕の前をゆっくりと歩いていた。追い抜こうかと様子をうかがっていると、前からだらしない格好の若者が三人歩いてきた。彼らは狭い歩道を横に並んだまま、無理やりすれ違った。瞬間、何か ....
妻に先立たれ、一人で暮らすようになった時、息子夫婦からポメラニアンをもらった。ポメと名づけてかわいがったが、無駄吠えが多くなると煙たくなった。その夜も鳴き声で目が覚めた。叱ろうと起き上がった時、男の ....
シャムは野良猫だった。白い毛に青い瞳。きれいだったから面白半分に餌をあげていた。するとなついてしまい、家に入ってくるようになった。ところがある日を境に姿を見なくなった。どこかで死んだのかもしれない。 ....
入浴中に屁をすると、泡になって上ってくる。水面ではじけた時のにおいをかぐのが好きだ。ある時大きめの泡が上ってきたので、食べてやろうと思った。開けた口を水面につけ、屁を食べた。次の瞬間、口の中いっぱい ....
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