悪い噂によって困る人がいる
罪もない人を苦しめるのは誰だ
と憤る私は腹を立てるだけで
何をするわけでもない
誰がそんな悪い噂を流したのだ
と怒ってみても
噂を信じて非のない人を苦しめる ....
脚立の上から見下ろしている
もぎ取った橙を
放って
妻が受け取る
段ボール箱に黄色い香が詰まる
橙は枝から離れた瞬間から香りが立つのだ
春が近い
そうだ
今晩は鍋にしよう
橙の汁を搾 ....
私は欠片だから
かまわないでくれ
あんたはいつも脚立の上から物を言うだろう
私は欠片だから
自由に転がってるんだ
脚立を担いで動くあんたとは違う
私はちっぽけな欠片だから自由なのだ
今度 ....
断片を消す
一つひとつ
断片を消す
右から順番に
必要だとか
不必要だとか
考えることなく
消す
なにせ
断片なのだから
これ一つ欠けたとしても
不自由はない
断片 ....
祭囃子を抜けると
そこに空白があった
二抱えはありそうな大きさで
私の祭りは勢いよく吸い込まれていった
振り返ると
ソースの焦げる匂いと
屋台の灯りがあった
外灯に虫が集まり
....
空白を塗りつぶす
色を慎重に選び
枠からはみ出さぬように
息をつめて
私には絵を描く才覚などない
から
他人の描いた線画を
色で埋める
五十色入りの
色鉛筆の缶が私の器量だ
....
空白にワインを注ぐと
それは好い音がする
高価なものでなくてもかまわない
ワインであることが重要なのだ
瓶の口が空白に触れ
香りが立つと
耳を澄ます
ゆるゆると空白の肌を滑り落ちる
....
空白は皿の上に在る
私はパンを籠から取り
ナイフで割る
そして
硬く焼きあがった皮を千切り
ワインを飲む
空白はやはり空白のままで
給仕が皿を下げ
新しい皿を私の前に据えた
....
記憶の破片が降る
僕の肩に、額に
瞳に
鋭い角を立て
時の欠片が容赦なく降る
夕陽を浴び
舞う
髪に散る雪のごとく
溶け
傷を残さず
僕を傷める
過去の破片が降りかかる
眼の上 ....
ぶぅーんと飛んでは
やれ忙しい
やれ忙しい
ごちそうにとまって
人間の様子を窺う
やれ忙しい
隣の部屋には
もっと美味しいものがありますぜ
ぶうんと飛んできたお仲間に
耳打ちされ ....
君の香りは最高だな
これほど魅力的な人間は
ちょっと
他にはいない
私だけではなく
蠅だって嬉しそうじゃないか
そして
君の魅力に惹かれるのは
蠅だけではなく
もっと微細なものたちも ....
天井の隅には
蜘蛛の巣があるけん
蠅のばあちゃんが教えてくれた
台所の窓にはヤモリがおるけん
近寄っちゃいかんばい
婆ちゃんは
何でも知とると
だけん
長生きしとるばい
この家の ....
淫らな流し目の猫
竹を割ったような気性の蟻
みんな
仲間
らしい
一刻も惜しんで鳴く蝉
跳ぶべき瞬間を待ちかまえる飛蝗
溜息をつく鶏
みんな
繋がっている
らしい
人間を ....
私ら人間の血を吸うております
気づかれぬよう
そっと
それほどお世話になっておりながら
何のお礼もできないばかりか
私らが血を吸った跡は
とても痒いのです
痛くないだけましかなと
自分 ....
海は広いの
子イルカが問う
海はどれだけ広いの
ここの何倍くらい広いの
どれだけ泳げば向こう側に着くのかな
子イルカは母イルカに問う
そして彼は
思い切り高く宙を飛び
母イルカにまとわ ....
ムササビが夢を見た
空高く舞い上がる夢だ
青い空に吸い込まれる
下から見えなくなったら嬉しいな
ムササビは夢見た
青空に溶けていく自分を
空の青に消えてしまう姿を
夢見て微笑んだ
....
スルメイカは恐れおののく
干乾びた体を
焼かれて食われちまうんだって、私
気合もろとも
弾ける
空に
バッタとは
よく名付けてくれたものだ
宙に跳ぶ瞬間を
実に巧く音に写しているではないか
気合もろとも
爆ぜる
空に
この細い脚だから
気合 ....
空を飛びたいと
願っていたら
いつの間にか
飛べるようになっていた
ずりずり
這い回っていた私が
今では
青空をはらはら飛ぶ
解放される
地上の生活は
きっと
空の青さを理解する ....
ぐれてイグアナになった友人は
何か
忘れ物でもした顔をして
酒を飲んでいた
たまたま
その夜は
人間に戻っていたらしい
挨拶をすると
眼はイグアナのままで
何を考えているのか
全く ....
友達がぐれて
イグアナになった
もう
人間に戻る気は
ないらしい
奥さんと話をしたら
俺は百舌鳥になりたいと
息子が暴れるそうだ
わたしも
たまに
こっそりカメレオンになるから
....
この草の匂いは
懐かしくない
どこか
遠い所で育った
草だ
この周りの
草ではない
どこか
知らない場所で
育てた
草だ
おいらカナブン
ブンブン飛ぶぜ
黄金虫って言うな
カナブンって呼べ
そっちの方が性に合ってる
カナブンって
なんだか
自由な感じがするじゃないか
葉っぱの上では隠してるが
一旦空に飛 ....
聴いても構わない
人間のために奏でるのではないが
聴いてもいい
ただ
邪魔はしてくれるな
私は
私の妻になるはずの
鈴虫のために
奏でる
遠くからでいいのなら
許す
だから
静 ....
鈴虫は祈る
どうか私の調べが
あなたに届きますように
鍛錬は全てそのためにある
どうかあなたが見つかりますように
鈴虫は奏でる
一心に
来年の秋も
私の音が
この地に響きますよう ....
あなたの部屋よりも
この檻は狭いのか
広いのか
私には
あなたの首に
鎖が見える
あなたが首に巻いているのは
自由というのか
私に
自由はないのか
昔は私も
草原を彷 ....
ある朝
キリンが
烏に言った
カラス君 カラス君
申し訳ないが
どこかに広い草原がないか
探してくれないか
空を高く飛べるカラス君
君になら見つけられるかもしれない
僕の故郷を
....
動物園にいると
この長い首が嫌になる
遠くまで見えても
しかたないもの
警戒しても
誰も襲ってこないし
鉄の囲いの中にいたらね
逃げようたって
どこにも
逃げられない
檻の中では
....
キリンさんに
アフリカはどっちだと言ったら
あっちだよと
太陽の方角を首で示した
僕の故郷は
あっちらしい
キリンさんに
僕の故郷は見えるかと聞いたら
そこには広い草原があるかいと ....
僕にも使命はありますか
十字架にとまった蠅が
呟いた
1 2
0.23sec.