うまいねえ。とつぶやいて
しわくちゃな口元が動く。
赤と黄色が交じり合い
庭先を照らす日なたにも似たオレンジ色が
口の中を多い尽くす。
最後の一個を残したまま
父は昨日の夜
飴玉を食 ....
「愛しているよ。」と言い残して
見慣れた姿が粒子になった。
きらきらと暖かな光に包まれて
零れ落ちる粒子を取りこぼさぬように
私は見えなくなるまで抱きしめた。
雪が溶けた駒ケ岳の山頂は
空よりも色濃い青で
夏休み初日の朝を告げる。
裏の畑から
私を呼ぶ父の声がした
長靴を履き麦藁帽子を被って
くるくると螺旋を描く葉や茎を折らぬように
夏野菜 ....
30余年勤めた職場の入り口で父は佇んでいる。
深く深く礼をして
これまでの事に感謝をしながら。
その姿は皆に慕われ
頼りにされた一人の男の生きざまにも見えた。
明日出社をしたら
父の ....
握った手を離したくはありません。
父が寂しくないようにと
両手いっぱいの白菊を
棺の中に入れました。
(お父さんさようなら。)
その一言が言えなくて
私はもう一度
両手いっぱいの白菊を
....
しゃこっ。しゃこっ。と響くスポンジの音。
100数えてから出るんだよ。と
身体を洗いながら父が話しかけた。
「1・2・3・4・5!!」
熱を帯びて赤く染まる肌が
少しずつ汗を滴らせる。
....
都心へと続く田んぼの中の線路。
田植えを終えて一息つきながら
父がおにぎりを頬張った。
梅・おかか・こんぶ。
母が麦茶と重箱を差し出しながら
にっこりと笑っている。
汗を拭いて ....
ほんの一瞬
暖かな風が吹いた。
「良く来たね。」と歓迎をするかのように。
茶色に広がる裏手の木は緑色に染まり
父が眠る墓石を優しく包んでいる。
「お父さん。行って来ます。」
ぴ ....
一枚の写真を眺めると
緊張した面持ちの5人家族。
この日は主役の末娘が
口をへの字にしてレンズの中心を見つめている。
(少しでも良いから笑えばよかったのに。)
20年後
写真を手帳 ....
日のあたる西の縁側。
誰かの気配を感じて
はっ!と振り返る。
そこには胡坐をかき
半纏姿で茶をすする在りし日の親父が
にこりと笑って手を振っていた。
「元気でやっているか?困っ ....
バイバイ。と手を振った
花びらが降る道の上。
愛しているよ。と繰り返して
あなたを見送った。
泣くよりも笑っていなさい。と言われたようで
幸せになるよ。と叫びながら
花びらを頭 ....
父と呼んだ人の欠片が
ぎゅうぎゅうに詰められている。
(押し込まれんで、良かったなあ。)と
遺骨の橋渡しを終えて帰ってきた。
五年前の秋口。
同じ場所で迎えた祖父との別れ際。
....
ゆっくりと開く釜の扉。
父はもうすぐ人の形を無くす。
「離れたくない。」と引き止めれば
もう少しだけ一緒に居られると願い
棺の縁を掴む。
空気を打ち破ったのは
「早くしなさい。」と ....
幼い頃の思い出は
割れて捨てられた風船のようなもの。
時が経てば
記憶の隅に追いやられ
パンパンに膨らんだ心がいつしかすりかわる。
(父と食べたアイスクリームの味が思い出せない。)
....
昨日と変わらない庭の枯れ枝。
昨日とは違う枯れ枝のような手足。
「親は子供よりも先に死ぬ。」と理解をしたら
看取るのは最大の親孝行だと言い聞かす。
昨日と同じ朝の訪れ
いつま ....
1947年・父明彦は生まれた。
人々の目を助け・生活を支え
身体を/生命を守る眼鏡とコンタクトレンズを作る為に。
確かに最後を看取り/遺体を送り出しても
すぐ横に・目の前に
ずっと居 ....
(冷たい・硬い・重たい・臭い)
別れを告げた父の姿だ。
私は離れたくは無かったのだが
参列者の手前
抵抗するわけにも行かず
黙って棺のあとを追う。
山のへりに並ぶ猿たちの群れ
ま ....
最後に見た父の顔。
眉間の皺が取れて「楽になったよ。」と語っていた。
「今度は、いつ会えますか?またどこかで、会うことが出来ますか?」
家族と同じように
大切な人の一人として。
炎で ....
着る人がいなくなったスーツ。
二階のクローゼットの片隅で
父の足音を待っていた。
覆われたビニール袋の下に潜り
ハンガーに吊るされたスーツを抱きしめる。
(それは防腐剤の臭い ....
「忘れる事が幸せ。」だと
誰かが言った。
「娘は、父親を忘れてゆくものだ。」と
誰かが言ったのだけれども
私の横にはお父さんが居るようで
切り裂くよりも重く苦しい痛みが身体を痛めつける ....
『白い箱。』
それがお父さんだと
どうやって信じれば良いのだろうか?
両腕の中は
最後に抱えた身体よりも重く
悲しい位にのしかかった。
(八ヶ岳の青さに混じり、遺影の輪郭線がぼやけ ....
お父さんが白い箱になって帰ってきた日の晩、白い布と木箱に覆われた陶器の蓋を開けて
一つまみの欠片を持ち去った。
指先に付いた欠片の粉を口に含んだら、あまりにも苦くて・・・・苦くて・・・・身体はお父 ....
「砂場の中に、小さなスコップが埋もれている。」
幼い頃
父と遊んだ記憶と共に。
足跡を辿りたくて・確かに存在する思い出を取り返したくて
私は無心に穴を掘る。
「お父さん。お父さん。」 ....
ピアノを奏でた指先は
詩を書くためのボールペンを握り
最後に送る父への手紙を書き続けた。
父の好きな花達は/何事も無く/式場のライトを浴びて
美しい花びらを/正面玄関に向ける。
ピ ....
お父さんの声
棺を閉じる直前に聞こえた。
離れようとしない私の耳元で。
「ごめんね。ごめんね。」と泣きながら
私の耳元で泣いていた。
「ごめんね。ごめんね。」と泣きながら
私の ....
お父さんが笑ってる。
お父さんが笑ってる。
「苦しくなくなったよ。」と語りかけるかのように。
お父さんが笑ってる。
お父さんが笑ってる。
家に帰ることを喜びながら。
「残された時間 ....
手を伸ばすと/眠っているお父さんの頬に触れる。
あまりにも冷たくて/冷たくて
触れたままの手では無く
「強いな・・・・。強いな・・・・。」と思っていた心臓が/冷たくなった。
ひゅう・・・・。ひゅう・・・・。と身体を切り裂く夜風。
ひゅう・・・・。ひゅう・・・・。と父を迎えに来た。
ひゅう・・・・。ひゅう・・・・。と地底の底から唸りを上げて。
死んだらどうなるのか ....
早朝の畳部屋。
障子の引き戸を開けながら
眠る父に声をかける。
「お父さん。今日は寒いね。」
顔を洗い家中を動き回る母。
これからやってくる客人を迎えるため
悲しいそぶりを見せよう ....
父が居ない日に抱えた悩み事は
いつもの数倍のもしかかる。
一言二言話すだけで
買い物袋が楽々持てるようになったという安心感。
(これからは、自分ひとりだけでいくつもの買い物袋を持てるよ ....
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